中学受験は個別指導で成績伸び率の差が出る!!

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国語対策法を伝授

中学受験は(なんども同じことを言いますが)親次第です。③

2022年4月15日

 続きです。

 まず、「毎日子どもを躁状態にさせる」。親は産んだ以上、子どもを幸せにすることが義務である、と心得てください。しかし、一日中楽しませる必要はないのです。「朝起きたら笑顔でおはよう、学校に行くときは笑顔で行ってらっしゃい、帰宅時は笑顔でお帰りなさい、寝る前は笑顔でおやすみなさい」。この時の親の気分はどうでもいいのです。気が向こうが向かないが演技でもいいからそうすべきなのです。上のように1日の節目節目でお子さんを気持ち良くさせる。これだけで子どもの気持ちは和らぎ、明日への活力を生み出すのです。

 次に「命令口調で子どもと接しない」ことも大事です。「〜しろ」「〜しなさい」これは禁句です。私はこういう言葉遣いをしたことがありません。なぜなら人を命令するほど自分は偉くないという自覚がありますし、命令された側は間違いなく気分を害することを知っているからです。また、「子どもは親の所有物、子は親に従うべきだ」という発想が私にはありません。生まれ出でた瞬間から子は「独立した個体」なのです。他人には決して命令口調で接することはないのに、我が子に対しては(なぜだか)平気でそうする。これは子どもが逆らえないことを知っている「親の甘え」があるからです。その甘ったれた未成熟な親の元で育った子は万事うまくいきません。事実、親が命令口調で接している家庭の子は例外なく成績が悪いです。なぜなら命令されてやっと勉強するような子からは学習意欲が芽生えることがないので成績が伸びず、また親も(命令するくらいですから)根本的に子を信用していないからです。このような親子関係の中で受験がうまくはずがないのは道理です。「子に命令口調で接する」。親にとってはこれは楽なのです。しかし、楽なことに甘んじていては親は成長しません。よって成長していない親の元で育った子どもが受験で成功することはないのです。

 命令口調ではなく提案口調にすべきなのです。「〜しなさい」でなく語尾を「〜したほうがいいかもね」にするだけで子どもの受け取り方は変わります。こういう会話形態を日常化させると子どもは「あ、上から目線でなく、対等な立場で親身になってアドバイスしようとしてくれているのだな」という印象を親に対し持つようになります。「親は自分の理解者でありパートナーである」という認識を持ち始めると「親をあまり煩わさず自分から何かアクションを起こさないとな」と自分で考えるようになります。これが「自主性」につながっていく第一歩となります。

 それから「マイナス思考を醸し出すような態度を取らない言葉を出さない」。これも大事です。「不機嫌顔」「しかめっ面」「沈んだ口調」「怒りを帯びた口調」といった態度、「だめ」「うまくいかない」「ムカつく」などの言葉、これらは封印してください。こういう態度・言葉は感情をストレートに出しているという点で楽なのです。感情をコントロールできない点では赤子同様。親がこれではいけません。親としての矜持、成熟した大人としての矜持を持つなら「心で泣いていても顔は笑っている」くらいの「やせ我慢力」「演技力」がなくてはなりません。親の不安は子にストレートに伝わり子の心をも不安にします。子を幸せにしたいなら「不必要な不安」を子に与えないよう、親は日々注意すべきなのです。

 後は、そうですね。ユーモアのセンスがあったほうがいいです。笑を作り出せる人は場をリラックスさせ、いい空気を作ります。家庭でも職場でもこの能力は大事。日本人は笑を「不真面目」と考える傾向にありますが、子ども一人を笑わせることができない親は子育て不適応者だと思います。塾業界でも笑いが取れない(生徒を楽しませられない)講師は(実は教え方も下手なので)評価が低いです。おとな(親・塾講師)は子どもの前ではエンターテイナーであることが必要なのです。

 最後にお伝えしたいのは「子どもを放っておく」ということです。これは子どもに無関心、という意味ではありません。また、無責任という意味でも放任という意味でもありません。「子どもを放っておく」というのは子どもへの信用の度合いと比例しているのです。つまり「子どもを信用しましょう」という意味なのです。子どもに何かと世話をやく親、転ばぬ先の杖のような役割を率先してやる親、学習計画をお膳立てする親、命令口調の親、これらは「教育熱心な親の愛情がそうさせる」というより、「いかに子どもは信用できない存在か」という「親の潜在意識」の表れなのです。「手取り足取り〜」は一見「子育て上手」なのですが、「我が子への不信」が前提にありますので、「子育て上手だから」というより、「親が自分の不安を解消したいから」という要素の方が強いのです。

 さて、中学受験は「自分のための受験」です。「自分のための受験」なら自分が動けばいいのです。動かなければ本気ではなかったというだけなのです。だから勉強不足が原因で落ちたならそれを甘受してください。自己責任ですから。本当に受かりたくて本気で学習した子が受かればいいのです。

「自分が受かりたい受験」なのか「親が受からせたい受験」なのか、同じ受験でも気持ちの温度差はあるのです。もしお子さんが「受験したい」というなら「親に何ができるか?」を考えるより前に、まず「放っておく」。放っておいた結果、自分なりに頑張っているのであれば「そのまま放っておく=見守る」、動く気配がなければ「それでも放っておく」。そして「希望だけ強くても、何もしないと落ちる」という現実を知らしめるために「あえて入試で失敗させる」。

 しかし、この失敗から子は学ぶことは多いのです。そして「失敗から我が子は何かを学ぶであろう」は親が子を信じている前提で生まれる発想です。子を信じていない親は「中学入試の失敗を人生の敗北」みたいに短絡的に考えます、が、私なら「失敗したけどこの反省を活かせば、何か別のどデカイ成功を得られるだろうな」という発想をします。事実、私自身が失敗の後にその2倍3倍レベルの成功を収めることがよくあったからです。

 私は子に対しては「〜しろ」「〜しなさい」といった記憶はほとんどありません。20年以上ほとんど放ったらかしでした。「それは永田先生のお子さんだからできることで・・」と的外れなことをよく言われますが、そうではなく信用しているからです。また信用してもらうような行動を日々意識的に重ねてきたからです。双方の信頼関係が強いとプラスの出来事はともかく、マイナスの出来事さえ「これは好転換への兆しである」「この凹みは後の凸を生む」とプラスの出来事と同等の扱いになります。そして「なんでもプラスになる」という前向きの姿勢のまま「ハズレなしのあみだくじ」の人生を不安なく進んでいけるようになるのです。

 手前味噌な話でしたがご参考にしていただければと思います。

 次回は新テーマです。


 

 



 

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