講師が教えれば教えるほど、生徒の合格が遠ざかっていく理由。③
2019年5月07日
続きです。
大手塾では講師は授業前に職員室で予習しておくのが通常です。それは滞りなく授業を行うためなのですが、しかし、個別指導塾の講師は「前コマがサピックスに通う御三家志望の生徒、中コマが四谷に通う中堅校志望の生徒、後コマが当塾お任せコースの生徒、本日計3コマ」というように、志望校が一人一人違う、使用教材も毎回違う、質問される内容も違う、能力も違う、個性も違う、つまり毎日が「リハーサル無しのぶっつけ本番」、終日テレビで生放送をするようなもので、その日にどのような教材を使うのか、どのような質問があるのか、どの科目を中心に授業するのかは(特に四教科お任せ指導の場合)当日蓋を開けて見るまでわかりません。要は予習ができないのです。「四教科お任せの講師」は中堅校から御三家レベルに至る全ての科目においてノウハウを持ち、また一人一人の生徒の個性に合わせ授業を行わなければならない、という使命があるにもかかわらず、前述の通り予習できないという前提での授業となりますので、集団塾での指導の何倍もの緊張感・労力・知力を必要とします。ですので、個別授業の四科担当講師は全てにおいて水準以上のスキルがないとなかなかできる務まるものではないのです。
さて、滞りなく授業を行うために講師が予習しておく、ことは必要かもしれません。しかし、塾にとって大事なことは「スムーズな授業」ではなく「生徒の学力を伸ばすこと」です。そのことを最優先した場合、前もって予習しておくことには弊害があるのです。それは「講師が生徒目線での授業を行えなくなる」ということです。実はそのことを講師自身が気づいていないことが多いのです。予習しておく、というのは(悪く言えば)「前もってなぞなぞの答えを知っていて問題を出すようなもの、はっきり言えばズルに近い行為」なのです。例えば、問題を解くのに生徒が時間をかけてあれこれ悩んでいるのを見て「どうしてできないの、さっさとやりなさい」とイライラする講師がいますが、それは自分が前もって予習していて答えを知っているからそう言えるのです。そのような「上から目線」になってしまうと、「生徒が何に悩んでいるのか」「どこがどうわからないのか」「どういう思考で解こうとしているのか」ということまで細かく分析・斟酌することなく、ひたすら「スムーズな授業」を行うことを重視するようになってしまうのです。「集団塾に通っているのに成績が伸びない」そのほとんどは生徒の聴き方自体に問題があるのですが、講師の側に責任がないというわけでもありません。生徒の思考方法に潜り込み、それに合わせ臨機応変に対処できる講師が「わかりやすい授業をする講師」と評されます。授業がわかる→授業が楽しい→これがきっかけで成績が伸びた、にしていくことが講師の務めですね。
また、講師にとって当たり前のことが生徒にはわかっていないことが多い、そのことにも講師は気づかなければなりません。例えば理科のテコで使う「モーメント」、算数で使う「逆比」「三角数」などの専門用語。これはそれぞれの科目を担当する講師が授業時に頻繁に使う言葉ですが、そもそもそれは生徒が「モーメント」の意味を知っている、という前提で使っていると思うのですが、本当にわかっているのか?その基本中の基本から疑ってみる必要があります。何の前触れもなく、いきなり「専門用語」を多用したら生徒は混乱するのでは・・、これくらいの想像力は欲しいのです。以前当塾の生徒が「〇〇塾で理科の先生がモーメントモーメントと言っているが、何言っているのかわからないから、テコの授業そのものがわからなくなった」という例がありました。このように「講師にとっては当たり前」のことが「生徒の躓きの原因」になっていることも多いです。特に外来語を多用する講師の方は「この言葉の意味を生徒は本当に理解しているのだろうか?」と考え慎重に使うべきなのです。そういう細かいところまで留意しないと「客の性別や年齢層、その方々の思考回路に配慮することなく、ひたすら専門用語を使いまくり、訳の分からない説明を独善的且つ一方的に行う携帯ショップの担当者」と同レベルになってしまいます。そのレベルの授業では生徒はついてきません。集団授業では、わからない説明に対し、いちいち「先生、モーメントってなんですか?」「先生の授業はわかりませーん」などと大勢を前にして「親切な指摘」をしてくれる勇気ある生徒はいません。諦めるか、授業を無視するか、ぼーっとするかで対処するのです。静かな教室は「みんな集中しているから」ではなく、「みんなが授業を放棄しているから」かもしれないのです。そこに気づくか気づかないか、講師には感性が求められるのです。鈍い人は何をやってもダメですが、とりわけ教育業・講師業には向かないのです。「先生の説明はよくわからない」と言われる講師は先ほどの「携帯ショップの店員」と同レベルであることが多いので、生徒の「声なき声」に耳を傾け、今一度御自身を客観視し、真摯に研鑽を積まれることをお勧めします。
ところで、当塾が前回申し上げた「講師の予習禁止」であるのは、そもそも予習できる授業形態ではないから、生徒目線での思考ができなくなるから、なのですが、もう一つ大事な理由があります。
それにつきましては次回お話しさせていただきます。