「親主導の受験」と「子ども主導の受験」。③
2017年12月20日
※ 冬期講習のご予約は既に締め切っております。来期も平日はほぼ埋まりましたので、土日中心でのご予約になろうかと思います。
本日はまず「社会」のお話しをします。「社会は暗記科目」と言われ久しいのですが、「そう思ったので、重要語句を頑張って覚えたのにテストで点が取れない」と嘆く生徒がいます。社会、特に歴史は趣味的要素が強く、歴史好きの男の子なら漫画やゲームから、女の子なら戦国武将や新選組のイケメンメンバーなどから入っていくことが多いのですが、彼らは個々の些末な知識は豊富(例えば三国志の魏の武将を50人知っているよ、とか)であっても、肝心のテストでは点が取れない・・ということがよくあります。それはなぜでしょう?
趣味をきっかけに歴史が好きになる、入口としてのそれは大いに結構です。しかし、以降は「個々を点で覚えるのではなく線で覚える」これに撤してください。「どうして過去のことを学ぶ必要があるの?今の世の中で役に立つの?」と、アンチ歴史の方はおっしゃるのですが、歴史は現代に至った流れを教えてくれるだけでなく、それを知ることで未来予測もある程度可能にしてくれる。つまり歴史は「因果関係を学ぶことで、今後起こり得るであろう将来までも知らしめてくれる学問」なのです。今どころか未来の先取まで可能にしてくれる。「歴史は繰り返す」「歴史から学ぶ」というのはそういうことなのです。だから歴史は線を意識して覚える必要がある。今回の合判でも「並び替え問題」が出題されました。これは歴史を線で考えることができない(それ以前に「線で考えようとしない」「線を重視しない」)生徒が苦手にしている問題なのです。例えばサイパン島が陥落すれば、東京まで燃料補給の必要なく、日帰りで空爆が可能である、また、ポツダム宣言を日本が黙殺したので、戦争早期終結を望むアメリカが原爆投下を決意した、そのあたりの因果関係を理解しながら社会を学べば「簡単な問題」であるはずなのですが、個々の言葉は知っていてもうまくそれらが結びつかないと「難しい問題」になってしまいます。入試までわずかな期間しかありませんが、そのあたりを意識し、復習してみてください。
さて、前置が長くなりましたが、前回の続きです。「親主導の受験」を「子ども主導の受験」に移行させる方法・タイミングをお話ししましたが、つくづく受験生の親に求められるのは「忍耐力」と「共感能力」。この2つだと、毎年思い知らされます。特に「共感能力」。成績が低迷する生徒の親御さんはだいだいこれが欠けています。
例えば親子で動物園に行き、子どもが「あ、キリンの首長いね~ママ見て」というときは、子どもは母親と共に感動したいのです。なのに、母親がスマホに目をやりながら「あー、すごいねー」と棒読みで返せば子どもはどう思うでしょう。がっかりですね。この繰り返しで子どもの気持ちは親から離れていくのです。「そんなことどうでもいいから、動物園から帰ったら宿題するのよ」と返答しようものなら、もう最悪、全てがオジャンです。そういう時は子どもと一緒にキリンを見て「すごいね、何であんなに長いんだろうね?」と共感してあげて、更に「キリンってどうやって寝るのかね?」みたいに話を広げていくのです。子どもはそういう親の反応を本当に喜びます。そして、動物園に来たことが良い思い出として記憶に残り「ママ大好き」となるのです。「いちいち共感するはめんどくさい」などと思ってはいけないのです。「共感力と愛情は同義」私はそう考えています。これは親だけの話ではありません。学校の先生・塾の講師にも同じ資質が求められているのです。共感力のない人は感性の鈍い人、感性の鈍い人は子どもの心を掴むことができません。「教育」「子育て」は子どもの心を掴めて初めて成り立つものなのです。
独善的な愛情ではなく、(幼児期から今に至るまで)子どもが本当に望んでいる愛情を注いできたかどうか?中学受験では「親として子どもと過ごしてきた歴史」が問われます。子どもの学力というものは、その歴史の在り方・蓄積そのものなのです。故に「中学受験は親の受験」とも言われているのです。
次回に続きます。