子どもが勉強しない理由。③
2017年6月28日
※ 夏期講習はレギュラー生の授業のみで埋まりそうですが、空きが出るかもしれません。外部の方で受講ご希望の方は早めにお問い合わせください。
続きです。
受験に成功する子は勉強のできる子勉強を厭わない子、これは当たり前の話です。ですが、ただただ「勉強しろ」「勉強を好きになれ」と命令するだけでは子どもは動きません。上記の「勉強できる子厭わない子」は親や講師に強制されたからそうなったのではありません。強制では持続的な学習は望めないからです。持続的に学習する子は自らが進んでそうしているのです。
「子どもが進んで勉強する?」勉強嫌いのお子さんを持つ親御さんには信じられない話かもしれませんが、しかしそういう子どもは決して少なくはないのです。そして入試で勝ちを独り占めしていくのはこういう子たちなのです。
積極的に学習する子に共通するのは「野心家」である点です。これは男女関係なくですね。その野心が表に出てギラギラさせている子もいれば、静かに心に秘めるタイプの子もいます。一見おとなしそうに見えても学習で積極性が見られる子は間違いなく「野心家」です。野心家は他人の下にいることに耐えられないところがあります。ヒエラルキー重視の負けず嫌いな性格で、上の立場になれるのであれば多少の労苦は厭わないところがあります。ゆえに放っておいても自分から学習するのです。
前回のお話で、できる子の趣味に挙げた「読書」「将棋」「歴史」は全て野心を育てるのに有効です。まあ、そのように育てようとして趣味を強要することはないのですが、「わかる子」はそこから何か自分の糧になりそうなものを見つけていきますし、自然な形で野心家になっていきます。
ちなみにこれらの趣味は親御さん、特にお父さんの影響を受けやすいですね。こういうお父さんは自身が負けず嫌いで上昇志向が強く、それなりの地位にある方が多いです。そういう点で遺伝という面もあるのでしょうか。野心家で負けず嫌いのお父さんの血を受けたお子さんは入試に強いです。
その中から「読書」についてのお話をします。国語の力を養うための読書、私はこの考えが嫌いです。苦手な魚を克服するため寿司を食べるようなもので本末転倒です。勉強に役立つから読むのではなく、読みたいから読むいう姿勢でいてほしい。そして読書を通して文中にある、共感できそうなあまたの文言の中から自分にとっての「金言」を見つけてほしいのです。それを心の拠り所にしようとするか、それとも「フーンこんなことが書いてあるのか」とスルーするのとでは同じ読書でも価値が違ってきます。特に幼少期には数多くの「伝記」をお読みいただきたい。そして「こういう人になりたい」「こういう人になるにはどうしたらいいか」という気持ちを高めていってほしいのです。しかしくれぐれも親御さんが「こういう人になれるよう努力しなさい」などと言わないように。子どもは自分と似たような幼少期を過ごした偉人に親近感を抱き、その時期の偉人の過ごし方と自分の過ごし方とをリンクさせ、生きるヒントにしていこうとするからです。伝記を読まない子はそういう世界を知らずに日々過ごしますので、自分の周りだけが自分の世界、と狭い視野の中で刹那的な生き方をしてしまいがちです。「今が楽しければそれでいい」という子ですね。そういう子は「先を見通した学習」などしません。また読んだとしても「自分がそんな偉い人になれるはずはない」「自分とは関係ない」と小さく考えてしまうような子も向上心が薄く自ら学習することはありません。 読書を通して自分の可能性が見出せる子・野心が沸々と湧き上がる子。こういう子が「勝ち組」になります。※「勝ち組」「負け組」という言葉は好きではありませんが「現実の社会はそうである」という事実は直視すべきですね。
読書は国語力アップ云々だけの話ではなく、バランスのとれた人格を形成するうえでとても有効です。
しかし、そこから何かを見出すことができるか否か・そうなるかならないかはお子さんの先天的な資質・もしくは親御さんの育て方次第かもしれません。