中学受験は個別指導で成績伸び率の差が出る!!

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国語対策法を伝授

中学受験を考える。③

2017年4月10日

 続きです。
 前回は「子どもは疲れている」というお話しをしました。その原因は睡眠不足でしょうか?運動不足でしょうか?それとも栄養不良でしょうか?
 以前私が住んでいた家の近くには小学校があり、運動場で遊ぶ子どもたちの声がよく聞こえたものです。特にその声が響き渡るのは秋口、そうです、運動会の予行練習のときですね。そのときは子どもたちの声だけではなく、先生方のスピーカーを使った「熱心な指導」もその倍の音量で聞こえてくるのでした。しかし、よく聞いてみるとそれは指導というより「怒声」に近いものであり、そのほとんどが否定的な言葉でした。例えば「早く並んで!」「そこ、よそ見しない!」「みんなに揃えて!」「ちゃんとやって!」「(実名で)○○遅い!」など。これは生徒に「運動会を成功させてあげたい教師の愛情」というより、「運動会本番でうちの学年・クラスがグダグダな動きをすれば、後で父兄からの指導不足を問われるようなクレーム・校長教頭から苦言を賜るかもしれない」を恐れての自己防衛的な熱心さではないか?と勘繰りたくなるほどの力の入れようでした。私は過去の軍隊における上官と部下の関係を見ているようであまりいい気分はしなかったですね。運動会自体が楽しいイベントのはずなのに、何でワイワイ楽しく予行練習できないものだろうか?と疑問に思いました。
 一事が万事、イベントの大小にかかわらず学校での教師ー生徒の関係は、先述の軍隊における上官ー部下の関係に近い。つまり、学校において生徒は常に命令・指示される側にいるのです。1日の大半を教師に命令され、帰宅後は親に命令され、塾では講師に命令され、そこに大量の宿題・友人関係のギクシャクなどが加わり、こうして子どもたちは疲弊していくのです。
 私は生徒によく「学校楽しい?」と質問します。すると大半は「楽しくない」「行かなくて済むものなら行きたくない」「明日、台風来ないかな?そうなれば学校休めるのに」と答えます。比較的友達も多く明るい感じの子でも、そうでなさそうな子も一律に同じような文言を吐きます。
 十分理解できますね。だって、そこは1日のほとんどを自分の意志で自由に動ける環境ではないのですから、そんなところに好き好んで行きたがる子どもなどいるわけがないと考えるのが自然だから。むしろそういう本音を素直に主張できる子どもの感性を認めてあげたいんです。また、大人はそこから何かを考えていかなければならないはずなのです。
 自由意思が認められずいつも誰かから命令され、唯々諾々それに従う、それが習慣化されれば相当なストレスになることは大人でも分かります。況してや物事の処理能力許容量の少ない子どもは尚更で、これが「子どもを疲れさせる」最大の原因になっていると思うのです。
 私は古今・洋の東西問わず「子どもが学校嫌い」なのはそういう理由で、「子どもが勉強嫌い」なのは勉強が「教師・親・講師が最も命令に使いやすい対象物」であり、一方、子どもの側では「勉強=命令されてやるもの=つまらないもの」という感覚が染みついてしまっているからだと考えます。
 「うちの子は勉強しないんです」という親御さんは、「この問題が解けるまで遊んではダメ」など、勉強をあたかも「子を縛るための罰則」のように利用してきませんでしたか?自分に従わせるための「道具」として扱ってきませんでしたか?
 勉強はいろいろな条件付きでやったりやらされたりするものではなく、純粋に「楽しいからやる」ものなのです。本来はですね。
 そこを歪めてしまったことが問題であり、しかし、それは別に昨今急に始まったことではなく、昔からそうなんですね。
 この「負の流れ」を止めることが大人(教師・親・講師)の務めではないかと思うのです。先述お伝えした「学問の系譜」を健康的な形で継続させていくためにもですね、どこかで勉強に対する考え方・固定概念をドラスチックに変えていく必要がある・・と考えるのは私だけでしょうか?
 次回に続きます。

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