上位校に受かる生徒の特徴。⑨
2015年5月18日
続きです。
以前より「現在の子どもの姿は親の子育ての集大成」と言って憚らない私ですが、今回のテーマを語るうえで、ますますその感を強めています。確信と言ってもいいかもしれません。「親の在り方が子どもを決める」。今回はその話をさせていただきたいと思います。
中学受験を目指しているのに、成績が伸びない子どもを持つ親御さんの表情は悲壮感に満ちています。一方、順風満帆に成績を伸ばし、志望校合格も射程圏内、といった子どもを持つ親御さんの表情は概ね明るいです。
「子どもの成績が良ければうれしくなるから明るくなる。逆だと暗くなる。当たり前じゃないの?」と言われそうですが、そもそも「子どもの成績が悪いとなぜ親は悲観的になるのか?」という原因を考えてみる必要があります。
親は子どもが算数そのもの、国語そのものができないから悲しくなるのではありません。例えば算数などは現在塾で習っているものが、大人になってもそのままの形で使われることは稀ですので、「図形や比ができないと大人になったときに心配」という理由で悲観的になる親御さんは少数だと思います。中学生になっても九九ができない子どもを平気で放置している親もいるくらいですからね。親は勉強そのものができないからという理由で子どもを悲観しているわけではないのです。
心配の根源は「他者との比較」にあります。前の週で偏差値60を取ったので、それを見て嬉々としていた親が、次の週で同じ科目で子どもが40しか取れなかったらとたんに悲しくなる、ということはあります。毎週毎週感情の振れ幅を激しくさせながら生活されている親御さんは大変だと思いますが、人間、一週間ごとに頭が良くなったり悪くなったりするものでしょうか?冷静にお考えいただければそんなことはあり得ないと(笑)。ですから、週単位での成績について一喜一憂することがどれだけ無意味なのか、そこにお気付きいただけると思います。
だけど、理屈ではわかっているんだけど・・ということですね。偏差値の上下で一喜一憂するのは、他者との比較でそうなるのと同義です。途絶えることのない親御さんの心配は、勉強ができるできないかというより、「成績で他人より下の立場に甘んじている子どもが将来安定的な幸せを得ることができるだろうか?」という未来に対する不安を指しています。つまり、不安の先取りしているわけですね。これでは現在が不機嫌になるはずです。「他人より上の立場にいれば自信が持て、物事が優位に進めば不安が取り除かれるので、その後安心感を得ることができる。それが永遠に保てれば・・」という「幸せを確保するための競争原理」を勉強に持ち込んでいるのです。毎週毎週心配なさる親御さんは一旦そこから離れましょう。(「では、どうすれば?」は次回です)
しかし、入試は競争原理そのものです。事実、二校から合格証書をもらった場合、進学校を決定づけるのは「ひとつでも偏差値の高い学校」であり、「校風」「教育方針」ではありません。現実的選択として鶏口ではなく、牛尾となることを望むのが入試。私はそれを否定しません。それほどまでに人は少しでも他者より上に立ち、認められ安心を得ることを望みたがる生き物なのです。
ですが、あえて競争原理から離れ、もう少しご機嫌になりながら親子共々中学受験準備期間を過ごせないものだろうか?一度立ち止まって考えてみてもいいかもしれません。
「愚か者とは今日という一日を昨日の後悔と明日の心配に費やす者を指す」という言葉がありますが、成績が伸びないお子さんを持つ親御さんはそうなる傾向にあります。親御さんの心がそうだからお子さんもそうなる。
聡明な親御さんはそれが悪循環の根源だということがわかってますので、決してそうはなりません。ならないからお子さんは成績を伸ばしていける。
最後にもうひとつ、「子どもに幸せになってもらいたいから受験を勧めているのか?それとも、不安の無い安定した位置に子どもを立たせ、それを見て自分が安心したいから、という親の都合で受験を勧めているのか?」を自問自答してください。
前述の「親の在り方が子どもを決める」。
そこに気付くか気づかないかですね。
次回に続きます。