予想外の「合格」と「不合格」。③
2015年2月16日
続きです。
上位生として塾に入った生徒と、下位生として入った生徒との間の、学力の差が縮まることは稀です。使用しているテキスト、授業数、講師などほぼ同じ条件で授業を受けているにも関わらずです。「それは能力差があるから」、確かにそうです。ですが、その能力差は入塾する前、つまり幼児期・低学年時からすでについています。はっきり言えば勝負はそこでついてしまっているのです。
能力差は早期教育の差を意味するものではありません。なぜなら、たとえ出遅れたとしても高学年からの塾通いの期間中でその差を十分埋めることは可能だからです。
ここで言う能力差とは「学習習慣力の差」のことです。これは埋められません。すべてはこの差なのです。生活の中に学習する時間を持つことを「当然のこと」という認識をお子さんが持っているか、または、持てるよう親御さんが幼児期からうまく誘導してきたか、教育に対する考え方の差、教育環境の整え方の差、そこから生じる学習習慣の定着の差は(三つ子の魂百までという言葉が表すように)高学年時になっても変わることはありません。また、学習に対する意識の差も埋まることはない。その差が上位生下位生を生む要因となり、それが受験直前まで続き、結果、上位生は本番でも何連勝、下位生は何連敗という、「必然」と言っても過言ではないことが起こり得るのです。
上位生との授業で感じることは、生徒が嬉々として学習に取り組み、それを見守る親御さんにも余裕があるということです。逆に下位生は義務で嫌々学習している感があり、親御さんも勉強のことで年中お子さんを叱っているイメージがあります。
続きは次回とさせていただきます。