中学受験は個別指導で成績伸び率の差が出る!!

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国語対策法を伝授

子育て論(叱るのではなく、褒めるのでもなく)。

2024年3月01日

 ※ 久しぶりの更新です。2週間お休みをいただき子どもの卒業旅行に付き合っていました。
 ※今年もプチFIRE生活を継続しますので生徒さんの受け入れは限定させていただきます。現時点でほぼ満席ですのでご了承ください。 

 本日より3月です。そして今月後半より春期講習が始まります。早いものです。この分ですと1年もあっという間に終わってしまいそうな気配です。

 さて、当塾代表の永田の指導をする上での強みは何か?と問われれば「実子の中学受験・大学受験を成功させた経験がある」つまり「リアルな受験生の親」を体験し志望校合格に導いたことある、とお答えします。実は塾の講師でこのような経験をされている方は意外と少ないのです。他人の子の面倒を見ることはあっても自分の子に中学受験をさせた経験がない、という方は多いのです。で、これがどうして強みになるのかと申し上げれば、実子も体験したであろう受験生の大変さ、及び私も体験したであろう親の苦しみや悩みをリアルに体験した立場として、机上の空論や理想論ではなく、現実に即した助言且つ適切なアドバイスを親御さんやお子さんにお伝えすることが可能だからです。これが「リアルな受験生の親」を体験した私の強みであると自負していますし、実際その成果は毎年の入試結果に表れているように思います。

 そしてその体験から得たひとつの結論があります。それは「受験の合否とは子育ての集大成の結果である」ということです。簡単に申し上げれば子育てがうまくいけば受験は成功する、その逆もまた真なり、ということです。

 もちろん入試が学力勝負であることは言うまでもありません。しかし問題はその学力をどのように身につけさせてきたか?その過程が大事なのであり、その過程そのものが子育て期間を意味していますから、結果的に「正しい過程のもとで受験成功に必要な学力を身につけさせることができたか?」=「正しい子育てをしてきたか?」になるのです。

 しかし(我が子の学力に悩んでいる)多くの親御さんはあまり上手く子育てができていないようです。例えば教育専門書やネット情報を読み漁りその通りに子育てしようと躍起になったり、無理な分量の習い事をさせたり、低学年のうちから進学塾に通わせたり、ガミガミ叱ったり・・つまり「やるべきことやってほしいことをやらず、やらなくていいことやってほしくないことばかりする」ので、いつまで経ってもお子さんの学力が向上しないのです。しかし多くの親御さんはそれに気づかず「良かれ」と思って「独善的で自己流の子育て」に終始するのです。

 ここ数年、私は入試の結果云々より、未熟な子育てをする親御さんが増えていることを危惧しています。直接的にまたは間接的に親子関係話を見聞きするたび「よくこれで子供の性格がひん曲がらないもんだな」「よくこんな親についていけるな」と心配したり同情したりしています。そして数年後、こういう育て方をされた子たちがどうなってしまうのか、そこも心配してしまうのです。まー私も年をとったせいか最近では「孫を見るようなお爺さん視線」で子どもをとらえる癖がついてしまったのかもしれません笑)。

 このように「家庭内教育が上手く行っていないためお子さんの学力が低迷しているご家庭が多い」ことを憂慮し、以降も永田の子育て論を続けて述べてまいります。そしてタイトルにありますように子どもの接し方、育て方については「叱る」「褒める」では上手くいかない、というお話は次回させていただきます。

 

 

当塾「おまかせ生」の入試結果が毎年良い理由。

2024年2月14日

※ 既報通り今月15〜28日でお休みをいただきます。日本不在となりますのでお問い合わせは3月1日以降でお願いいたします。


今年の入試は既報通り全員が第2志望校以上の学校に受かり、まずまずの成功を収めましたが、こと「おまかせ生」(他塾に通わず2年以上継続して当塾のみで四教科の指導を受ける生徒)に限って言えば「第1志望校合格率75%」という数字を達成しました。

 なぜこういうことが毎年のように比較的頻繁に起こるのかといえば「大手塾に遠慮することなく当塾独自の指導を思いっきり行使することができる」からです。大手塾では各教科担当講師がいますが、それぞれの講師による4教科縦割り指導ですと、講師間での連絡が密と言えない場合は、担当する生徒の実態や進捗状況を共有できなかったり正確に把握できなくなったりしてミスリードしてしまうリスクが発生します。一方で当塾は永田が丸々4教科を指導しますので「〇〇君のどこが弱くどこが強いのか?」と生徒さん一人一人の状況を一括管理ができ、効率的かつ無駄のない指導がしやすくなるからです。

 もう一つ大事な要素は当塾はマンツーマンの指導であり、一分一秒無駄なく指導できるということです。生徒さんも永田が横についていますからぼーっとしている時間は皆無です。時間対効果・費用対効果が抜群であり、そういうところがやはり個別指導の良さだと感じます。

 最後に(これは一番大事なことですが)当塾のポリシーである『楽しく授業を受けているうちに知らん間に入試に受かっている』を徹底させていることです。誤解がないように申し上げれば「楽しく」は「戯れる」という意味ではありません。各科目が持つそれぞれの面白さに気づかせてあげるということが「授業を楽しむ」なのです。例えば今年某大学付属校に合格したB君は国語の偏差値は40からのスタートでした。理由は「記述問題を悉く空欄にしてきた」からです。しかし「記述問題を解くにはコツがある」を丹念に指導してきた結果、最後の四谷合判テストでは64でフィニッシュしました。本人曰く「記述ってこんなに簡単なやり方で仕上げられるんだ」なのです。B君にとって苦痛だった記述問題はこの瞬間に「ワクワク楽しみながら仕上げる作業」に変わったのです。こうなれば国語の成績は必然的に上っていくのです。

 ですがB君のように成績を上げ志望校に合格するためには永田の指導だけでは足りません。大事なのは「受け手がどう変わるか?変わってくれるか?」なのです。

 まずは自分ができないことを(反省しないまでも)自覚する、そしてできるようにするためには古い血を捨て新たな血を注入することを本気で考える。つまり現状維持を打破する覚悟と、指導されたことを素直に吸収する姿勢が必要なのです。

 それができれば成功します。入試は学力勝負の世界ではなく、最終的には人間総合力の勝負の世界だということを肝に銘じてください。

 

 

 





 



速報 本年度の入試結果。

2024年2月07日


 既報通り今年も「受験成功率100%」で無事終了いたしました。特筆したいのは「第二志望以上合格率」も100%だったということです。これは「受験してよかった」と言える水準です。「なぜこうなるのか?」その辺りがわかれば当塾の方針もご理解いただけると思います。受験生の皆さん。よく頑張りましたね。


 浦和明の星中
 浅野中
 市川中
 大妻中
 かえつ有明中
 吉祥女子中
 共立女子中
 埼玉栄中
 栄東中
 芝浦工大中
 渋谷教育学園渋谷中
 淑徳与野中
 頌栄女子学院中
 城北中
 女子学院中
 巣鴨中
 成城中
 専大松戸中
 高輪中
 明大中野中
 明大明治中
 立教新座中
 早稲田佐賀中
 早稲田実業中



 
 

速報 2月受験の結果。

2024年2月05日

 本日5日の時点で当塾6年生全員、2月受験校で合格を得ることができました。
 久しぶりに早々に決まりましたね。
 皆さん第2志望校以上は受かりましたから、まずまず成功だと思います。
 正しく指導し、正しく吸収してくれたら大体うまく行くのです。
 これで開校以来14年連続で「合格率100%」を達成しました。

 生徒さん方、よく頑張りました。
 おめでとうございます。

※ 合格校につきましては近々HPにてお知らせします。

いよいよ本番です。

2024年2月01日

本日より2月入試スタートです。
当塾生に限らず受験生全員に頑張ってもらいたいところです。

不安な時は「自分がどれだけ頑張ってきたか」を思い出そう。
緊張する時は「誰だって緊張する、緊張するのは大前提」」その緊張を闘志にしよう。

「頭の先から爪の先まで戦闘モードに入り、自分のベストを尽くす、やり尽くす」

これだけを念頭に置いて挑んでください。

特記 1月受験の結果。

2024年1月27日

当塾生の1月受験の結果が出揃いました。
無事全員が合格を得ることができました。何よりです。(詳しくは2月受験が終わった後にHPにて公表予定)

この時点でアイスクール開校(2010年〜)以来保ってきた「入試合格率100%」を今年も維持することができました。
この勢いで2月も乗り切りたいところです。

「社会」は「暗記もの」なのか?

2024年1月24日

 入試直前のギリギリで伸ばせる科目は?と聞かれると大抵の方は「社会」と答えます。「暗記もの」だから詰め込めるだけ詰め込んで入試当日にバーッと吐き出せばいい、みたいな、そういう科目だと思われています。ですが出題する中学は「暗記力に優れた子」「生き字引のような子」を求めて入試で社会を課しているわけではありません。確かに昔は「覚えた年号を吐き出せ」タイプの問題を出す傾向にありましたが、しかし例えば本能寺の変=1582年を覚えることにどのような意味があるのか?実際そこからは何も得られないし見えてこないんですね。ですからそういうナンセンスな問題を出す学校はめっきり減ってしまいました。(授業で永田は年号覚えを生徒さんに課すことはありません、社会の本質からずれているからです)

 その代わり「時系列」で考えさせる問題が増えています。たとえばサイパン陥落→東京大空襲→沖縄戦→広島原爆投下→ソ連の満州侵攻→長崎原爆投下→無条件降伏など。この流れをバラバラに並べて正しい順に並べ替えさせる問題ですね。

 どの科目もそうですが「理屈で物事を考える」ことが求められています。そこを違えると出題者の意図から外れた学習をしてしまうことになるのです。上記の時系列の問題も「ひたすら暗記しなさい」を求めているのではないのです。社会(特に歴史)は「因果関係を知りそこから未来を予測をする科目」として捉えるのが正しいのです。「サイパンが陥落したら爆撃機も中継点なしで東京に爆弾落とせるよね」こういう理屈を知ることを求められているのです。「原爆落とされただけでなく中立条約結んでいたソ連が敵に回ればもうおしまいだよね、無条件降伏やむなしだよね」みたいな。そしてそこから「無謀な戦争をすると痛い目に会う、だから戦争はしてはいけない」という「未来予測」ができるようになるのです。こういう力を身につけて欲しいから優秀な生徒を求める難関校では「理屈で考えさせる問題」を社会で頻出させる傾向にあるのです。

 正月早々、能登半島で地震が起きました。津波の被害も出ました。時事問題で「どこで地震が?」「能登半島」みたいな問題は出るでしょう。(今年はその可能性はないかもしれませんが)そういう暗記は最低限必要ですが、上位校ではこういう問題は出しません。「もし都心で地震が起きた場合、東京湾で津波は起きるでしょうか?」「滋賀県で断層のずれによる地震が起きた場合、琵琶湖で津波は起きるでしょうか?」みたいな「理屈で考える」「未来予測をさせる」問題を出すはずです。もしかしたら記述形式で出すかもしれません。

 「社会を暗記もの」と思っている人にとっての社会は無味乾燥なものです。無味乾燥なものには意味がありません。また社会ほど講師の力量が問われる科目はなく「はーい、ここ入試に出るぞ」「しっかり覚えておけ」を連発するタイプの講師には「楽しく学ぶ意味のある社会」を教えるのは無理なのです。

 社会にせよ、理科にせよ「どういう科目なのか?」「何を求められている教科なのか?」その根本理解ができていないと勉強法は間違えたものになるし、「入試後にお覚えたことは全て消えた」になるのです。

 勉強したのに、大事なことは何も学べていなかった。
 これでは意味がないのです。
 

子どもを潰す親のタイプ。③

2024年1月20日

 続きです。
 
 子どもに対して「過干渉・べったり・特に勉強のことで厳しい・感情的になりがち」な親御さんは「自分にとって都合がよく最適化された子に育てる」=「アクセサリー化する」という思いがどこかにあります。しかしそれが表立つことはありません、「教育熱心な親」を隠れ蓑にして潜在的な部分でそれを抱えているからです。もしかすると親御さん自身もそれを自覚していないかもしれません。だから一度立ち止まって冷静に「自分はなぜ子どもに対してそうなのか?」その心の深層部分を見つめていただきたいのです。そして「自分のエゴではなく(自分自身と切り離して考えて)純粋に子どもに幸せになってもらいたいから」と確信したなら、そのまま中学入試に邁進していただければ良いと思います。まー人生は長く、中学受験成功で人生幸せ、になるとも限りませんが(笑)。

  さて、永田は授業中に怒声をあげることはしません。なぜなら「他人事」だからです。「他人の子を叱って自分になんの得があるねん?」という立場だからです。生徒さんが受かっても落ちても私の人生には何も影響しませんから、わざわざ叱ってまでして勉強をさせる理由はないのです。そもそも勉強のことで外野が叱る意味もよくわかりません。ま、受かりたい子は自分が頑張ればいいだけの話。しかし多くの塾は「実績を出して来期の集客に・・」みたいなことを考えます。この考えでは入試結果は「他人事」ではなく「経営に関わる自分事」になります。「自分事」だと人は貪欲になります。しかし貪欲になり過ぎて無理矢理生徒を伸ばそうとします。圧(怒声・脅しなど含め)を加えてでもです。しかしそれは塾や講師のエゴであり、生徒にとっては迷惑なだけの話です。当塾は(私が実質FIRE生活を過ごしているせいなのか)多くの塾が掲げる集客目的の「合格実績」みたいなものには興味がなく、また生徒が受かろうが落ちようが他人事なのでそれもそんなに興味がなく、ただ入試合格が頑張った結果ならそれを普通に喜び、不合格がサボった結果ならそれを甘受し次の人生に繋げて欲しいな、というスタンスで授業をしています。もちろん全力を尽くして指導しますが、だからと言って全員が全員第一志望校に受かる訳ではないことは知っています。個人的にはたとえ失敗したとしても長い人生の中ではそういう「厳しい現実」を体験するのもまた良し、と考えています。(とは言え、幸いなことに当塾では「全落ちした生徒」は未だいません)

 永田は子育てでもこのスタンスです。つまり「子どもは自分の分身どころか他人」。親子とは言え「他人」だから基本的に私とは直な関わりはないと考えていますので、やりたい放題にやらせてきました。習い事もしたくないならさせません、勉強もしたくないならさせません、遊びたいなら好きなだけ、寝ていたいなら寝たいだけ、親は説教することもなく、叱ることもなく、、私は親の責任とは「産んだ以上は子どもを毎日楽しく過ごさせる、生きてて良かったなーと思わせる体験を積み重ねさせる」ことだと思っていますので、毎日親子で馬鹿話をしケラケラ楽しく過ごすことしかやってこなかったような気がします。ですから親子喧嘩は(子も成人しましたが)記憶にないのです。

 中学受験も本人がやりたいというからやらせました。やめたいというならやめさせたでしょう。やめて公立に行ってくれた方が安上がり、という「スケベ心」もありました。なんとか無事受かって付属中に入りましたが、今度は本人が「付属は飽きた」というので大学は他に進みました。この間の勉強についてはノータッチ、受かろうが落ちようが永田にとって「他人事」だからです。本人も親のスタンスはわかっていますから勝手に勉強し、勝手に受かっていきました。それでも中学、大学ともに第一志望校に合格しましたので結果オーライかなとは思っています。

 「子どもは本能的に自分を進化させようとする」これは子育てをして気づいたことです。この世には様々な生物が存在しますが、過酷な環境下でも自らをアップデートさせ最適化させ生き延びようとする能力を彼らは持っています。人間から見て下等と思われる生物ですらそのようにして生きているのに、なぜ「上等」なはずの人間にそれができないのでしょうか?要するに過干渉な親御さんは子どもの可能性を信じていないのです。その不信が子どもにも伝わるから、お互い疑心暗鬼になり子育てがうまくいかないのだろうと思います。結局、生物(子ども)の持つ本能を摘み取っているのは他ならぬ過干渉の親なんですね、そこに気づいていただきたい。

 ちなみに永田の場合は「放任する」ではなく「泳がす」「それとなく気づかせる」という感じの子育てでした。生徒さんについてもそうです。「永田の指導を受けた後にこの子はどう動くのかな?」は注意深く観察しています。「〜しろ」とは言いません。気づかせるヒントは毎回与えますから、そこは自分で気づいて欲しいのです。気づきから学ぶことの習慣化は自らの意志で自身をアップデートさせることに直結するからです。だから同じ指導を受けていても「気づきを怠り、気づいても放置し同じミスを繰り返す現状維持派の生徒」はそこ止まりなのです。仮にそういう子が落ちても残念だとは思いますが胸は痛みません。なぜなら「他人事」だからです。

 ウミガメの親が卵から孵化したばかりの子亀に手取り足取り諸々指導している風景を見たことはありません。

 「生物はより良く生きようとする」。この生物の本能を信じ、敢えて泳がして子の進捗をみる。親が「転ばぬ先の杖」を放棄したら当然子どもは失敗や挫折を重ねることになるでしょう。しかしその過程でいろいろなことに気づくはずです。そして改善しようと試みるはずです。つまり失敗・挫折は後々の進化の根源・糧になるのです。

 しかし気づかない子もいます。気づいているのに動こうとしない子もいます。自らアップデートすることを拒否する子もいます。しかしそれを選択したのは子どもであり、それが原因で不本意な人生を歩むことになっても親御さんは気にすることはありません。なぜなら「親が子を潰した」ではなく、「子どもが自分の意志で勝手に潰れた」だからです。それにそもそも子どもとは言え、彼ら彼女らは親とは別物の「他人」だからです。「他人」だから親とは関係ないところで自分の責任で生きていってもらえればいいのです。親と子は「一心同体」。この考えから解放されない限り親も子も自立して生きていけないのです。

 



 

子どもを潰す親のタイプ。②

2024年1月18日

※ 先の話ですが、2月入試後に休暇をいただきます(2月15日〜28日)。この間、日本不在となりますのでお問い合わせはメールに限らせていただきます。


 続きです。
 
 受験時期にふさわしくないテーマかもしれませんが、親御さんが改善されない限り、悪循環が2月入試直前まで影響することを恐れ今回お話しさせていただきます。

 「子どもをアクセサリー化する親」このように揶揄される親御さんは昔から存在していましたが、ここ最近増えてきたような気がします。そもそも「アクセサリー」とはなんでしょう?それは自分が身につけたい「お気に入り」であり、且つ「自分を輝かせてくれるもの」ですね、つまり「自分を輝かせてくれる存在で、肩身離さず側においておきたい」のが「親のアクセサリーになった子」と言うわけです。親としては子どもを「アクセサリー」にしたい。そしてそうするためにどのような過程を経るのでしょうか?

 「這えば立て立てば歩めの親心」やることなすこと全てかわいい。親にとって幼児期の子は「存在そのものがアクセサリー」です。しかし、幼稚園、小学校低学年に上がるにつれ、他者との比較が日常化するなかで、自分の子を「親の主観」だけで見ることができなくなります。そして『うちの子は本当に輝いているのか?」「周りにはもっと輝いているお子さんがいる」という疑念と焦りを抱いてしますのです。ここで言う「輝いている」とは「優秀である」と同義です。そしてより輝けるように、やれ早期教育だ、習い事だ、に精を出し、常にべったり関わる環境を作り出そうとするのです。ダイヤの原石も放っておいたらただの石でアクセサリーになりませんからね、つきっきりで磨こうとするのです。これを「過干渉」と言います。しかし親御さんはそれを「子育て・家庭内教育」と言うのです。

 この「べったり」は子どもにとっては常に監視下に置かれる「ありがた迷惑」に近い状況ですので、いつも親の顔色を伺って生活しています。そして「今日の監視官は機嫌がいいのか悪いのか」それに合わせて自分の行いをコントロールすることが習慣化します。だから勉強も「機嫌が悪そうだからやる、機嫌が良さそうだからサボる」みたいに振る舞う子が本当に多いのです。「なぜ学習すべきなのか?」その根本理由がわからず、また知らされず勉強していますから、当然自主的に学習することはありません。自主的に学習しないから成績も上がりようがありません。そんな「怠けた子」を親は叱り、またまた過干渉力を発揮し強制的にやらせようとします。それに対し子が反発するのも必定。この親子バトルを「悪循環」と言います。しかし親御さんはそれを「熱意ある指導の繰り返し」と言うのです。

 これら「子育て・家庭内教育・熱意ある指導」の根源は他のお子さんとの比較です。つまり「隣の芝生は青い」の例の如く、宝石だと思っていた我が子が実は石ころだった、それに気づいてしまった焦りが親を駆り立てるのです。しかし「いや石ころではなく、本当はダイヤの原石なのかもしれない」という期待がこれまた親を駆り立てることになるのです。こういう状況を経て子どもを「アクセサリー化」する過程が進んでいきますが、この過程は様々な歪みを生み出します。仮に「アクセサリー化」に成功したとしてもです。

 それは、この先親御さんはお子さんに何かオプションがついていないと、条件が付いていないと心底愛せないようになってしまう可能性があるからです。たとえ中学受験に成功したとしても、次は大学、次は就職先・・といった具合に常に「アクセサリーに成り得る大学か就職先か」みたいな考え方に固執してしまうようになるからです。また、幼児期には「ありのままの我が子」を純粋に愛せていたのにそれができなくなる、もしくは愛し方を忘却してしまう恐れがあるからです。そして最終的に(子どもに限らず、親とか配偶者とかも含め)「人を愛する意味そのもの」を見失ってしまうかもしれないからです。

 では、どうすべきなのか?

 子育て経験者であり、中学受験生の親も経験している私からのお話は次回とさせていただきます。



子どもを潰す親のタイプ。

2024年1月17日

 1月も半ばになり埼玉の1月受験も佳境を迎え、その後に千葉受験が始まります。

 この時期くらいから受験生と親との「不穏な会話」を至るところで目にすることになります。昨日だけでも2件目にしました。会話の内容は概ね似ています。

 受験帰りなのでしょうか、地下鉄内で隣に座っていた親子の会話。
親「どうしてあんたは世界遺産くらいきちんと覚えてないのよ!」子「だって・・」(半泣き)
 もう一件も受験帰りと思われる親子の会話、これはマンションのロビーで。
親「もう、やる気ないんだったら受験やめるからね!」子「難しかったんだから仕方ないだろ!」(超反発)
人目も憚らず他人が振り返るほど激しい親子喧嘩をする光景、この時期に見られる「あるある」なのですがどうして受験に絡んだ喧嘩が起こるのか、そのあたり原因を考えなくてはいけません。

 (長年の指導経験から言えることですが)そもそも勉強のことでの言い争いが習慣化されている親子のいる家庭の受験成功率は高くありません。親がヒステリーを起こす→子どもが反発したり萎縮したりする→勉強に後ろ向きになる、、、この流れで子どもの成績が伸びなくなるのは火を見るより明らかだからです。はっきり言いますとアンガーマネジメントできない親(特に母親)の元で育った子は勉強嫌い且つ無気力・自己肯定感の低い子に育ちます。これはもう間違いなく、なのに、親が全然変わろうとしない(変えようとする気がない)ので、この悪循環が入試直前まで続きます。

 こういうヒステリックな親御さんは胸に手を当てて考えていただきたいのです。「どうして自分は子どもに過干渉で、口うるさく、成績のことや受験のことで過敏に反応してしまうのか?」についてですね。

 親がこうなるのはですね。子どもの将来を心配しているからではないんですね。子どもの立身出世を願っているわけでもないんですね。自分(親)のことを心配しているだけ、だからなんです。子どもの将来が自分の将来にどのように関わっていくのか?そこを心配しているだけなんです。考えてみれば「とんでもないジコチュー」な話なんですね。本来親と子どもは別人格であり、それぞれの価値観で生きているのに、自分の価値観を子どもに同化させようとするのは「子どもと私は一心同体、子どもが潰れたら自分も潰れる」と勘違いしているからなのです。「子どもは自分の分身であり一部」という考えが強すぎると、子どもを自分の傘下に置き、自分の都合に合うようコントロールしようとします。これを「子育て」と勘違いしている家庭に合格の吉報が舞い込んでくることはないのです。


 次回に続きます。
 

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